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2013年10月22日 (火)

泡となる

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  手を繋ぐソーダー水に寄り添ってただ一粒の泡となるまで

          

 

恋というのはさみしさや孤独を覚えるためにあるのではないかと

最近思うようになった。

ひとを求めるほどにそれらは増す。

さみしさや孤独はひとにとって不可欠だ。

愛情が不可欠なのとおなじくらいに。

生まれてすぐにわたしたちは両親や家族から、またはまわりの大人から

多くの愛を与えられて育つ。

そして恋をすることで孤独を覚え、それゆえに愛情を育てることができるのだと。

太陽と月のように、陽の光と影のように、孤独と愛情は表裏一体なのだと思う。

 

 

コメント

こんばんは。

確かに…
ここはすっきりしてる。

最近のYahoo!は広告が鬱陶しくて仕方ない。

Ziggyさま

こんばんは。
こちらは歌や詩のみを載せていこうと思っています。
向こうはその他もろもろ雑記もかねて行こうかと。
そんなにブログつくってもしかたないのですが、向こうを
閉じてしまう気にもなれなくて。

今晩は。
十六夜kokoさんの2つのブログを、
僕のブログ「サスケの本棚」の10月15日付け
記事で紹介させて頂きましたので、
よろしくお願いします。
            新サスケより

新サスケさま

詩を描いていてよかったなと本当にうれしく思います。
こちらにも短歌だけでなく、詩も載せようか迷っています。

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