« 2013年9月 | メイン | 2013年11月 »

2013年10月31日 (木)

色めいて

A0001_013144

  街中をクレヨンでぬり準備する赤もいいけどここは黄色で

 

 

家から駅までの数百メートルのあいだ、この季節になると銀杏の木を

見上げることが多くなる。

葉はそこそこに色づき日ごとに寒くなる朝晩をおもいやる。

この葉がすべて落ちるころ、今度はあちこちでクリスマスのディスプレイが

見られるようになる。

わたしの仕事では10月からすでにクリスマスモードだ。

今年こそは丸いケーキが買いたいと葉っぱがすくなくなった銀杏をみるたびに思う。

 

2013年10月30日 (水)

交わり

A0830_000440

 ふわふわのひだまりいれて泡立てる夏が交ってはじけて飛んだ

 

 

季節の変わり目について考える。

もう夏も終わったのだなと思う瞬間がある。

蝉の声が聴こえなくなったり、夜風に涼しさがまぎれていたりするときだ。

けれどそう思った翌日には夏の暑さがぶり返したりする。

それを何度となく、くり返し、くり返し、ようやく秋が訪れる。

それは秋なのに夏をひきずったものであったりするのだ。

わたしはそんな中途半端な季節の変わり目が好きだったりする。

 

過去形

A0001_004424

好きでした、紅いもみじを高く振りわかれを告げてはらりと散った

                               

                                                                         

秋はいろいろなことを深く考えるのに適している。

深く考えすぎて、寒々とした空気にやや押し流される傾向にある。

夏の熱も醒めやって我にかえることの多さよ。

半袖のTシャツやソーダー水や海や日焼けのあとに浮かれられる時間の

なんと少ないことか。

毛布に恋する、冬はもうすぐそこまできているのだから。

 

2013年10月29日 (火)

青を解く

A1620_000624

 ひだまりで青い5ページ紐解けば2行でころびきみは泣けない

                                                            

たいせつな人から日記をもらったことがある。

わたしが悲しまないように。強くいられるように。

日記はひとにみせるためのものではないから暗号のように難解で

決して読み解くことはできない。

きっと本人にだってそんな若かりしころの思いを紐解くことはできないだろう。

ひとの記憶ほどあてにならないものはないのだから。

悪い出来事も月日が経てば思いでとなってしまう。

それでいいのだと今なら思える。

忘れてしまったわけではない、ただ記憶の奥底にしまってあるだけなのだから。

 

2013年10月27日 (日)

涙する

A1180_006868

 猫の子と人生につき語り合う泣いてばかりじゃ生きてはゆけぬ

 

                                                              

以前は泣くことでこころに溜まった澱を洗い流すようなとことがあった。

けれどいつしか泣くこともなくなった。

これはひとつの老化現象かもしれないし、それだけいろいろなことに

耐える力が備わったのかもしれない。

じぶんの感情に素直に泣けた頃をとても懐かしいと思う。

そしてこの先、もし手放しで泣くことがあるとすればそれはどんなときなのだろうと

楽しみでもあり、怖くもある。

 

 

2013年10月26日 (土)

あしたのそら

A0022_000229

 疲れたと膝を抱えるきみのそば あしたのそらの尻尾を掴む


                                                              

ひとがだれかを救えるなどということがあるのだろうか。

ずっとわたしは助けられる=救えるなどと思っていた。

けれどその思いは今はない。

ほんの少しの手助けならできるかもしれない。

けれどそれは本当に些細な手助けであってだれかを救うことは

できないと今は考えている。

救えるのはそのひと自身しかないのだと。

まわりができるのはそのためにそのひとに手を差し出すことくらいだと。

しあわせは与えられて得ることはできない。

自分自身で培ってこそのものなのだと思う。

 

 

2013年10月24日 (木)

背骨の声

 

A0027_002659                                                                                      かなしみのかなしみの声聴こえたら 痩せた背中の骨なぞらえる                                                                                                                                                                                                                                                      

     

                                                                  

どうやりすごしたらいいのだろうと思う夜がある。

なにもできない無力さを抱え、なにかできるのではと思った傲慢さを憎み

ただただ頭を垂れて祈るしかない。

なにに祈ればいいのか、神も仏も信じていないくせにと思いながら

無心にひとつの命のことを考える。

どうか、どうか、とそればかりを考える。

その背中はわたしのためにあるのだから。

                                                  

 

赤子

A0001_009838

生まれたよ産声あげて風の子がびゅーと泣いては色づく葉っぱ

                          

 

 

春と秋、この季節になると四季のある国に生まれてよかったと思うようになる。

それもつい最近のことなのだが。

それまでは色づく葉っぱを目にすればうつくしいと感じるがわざわざ

自分からすすんで観ようとは思わなかった。

今も遠方まで紅葉を観に行きたいとは思わないが身近な木々の変化に

目を奪われることがある。

通勤の途中、休日に、まわりの木々にこころ惹かれるのだ。

自然はうつくしくもあり、その厳しさを知らしめてもくれる。

わたしはこの星に住む生き物として自然を敬い、畏れるもので在りたい。

 

 

2013年10月22日 (火)

いわしなそら

A0001_006260

のびをするいわしが泳ぐそらのした垂れた釣り糸かかる秋晴れ

 

                                                               

                                                          

さかなが好きだ。

秋刀魚にはじまり、いわし、鯖、鯵、とにかくさかなは全部が好きだ。

子どもの頃は夕食に焼き魚、煮魚だとがっかりしたものだが

今となっては肉よりさかなである。

はやく秋晴れの空がみたい。

そこに泳ぐいわしの群れをみたいのだ。

どこまでも高く澄んでいる秋の空ほどうつくしいものはない。

いわしが泳いでいたらいうことなしだ。

今度来るであろう台風が無事に過ぎ去ることを祈るしかない。

 

                                                

                                                      

泡となる

A0024_000324

  手を繋ぐソーダー水に寄り添ってただ一粒の泡となるまで

          

 

恋というのはさみしさや孤独を覚えるためにあるのではないかと

最近思うようになった。

ひとを求めるほどにそれらは増す。

さみしさや孤独はひとにとって不可欠だ。

愛情が不可欠なのとおなじくらいに。

生まれてすぐにわたしたちは両親や家族から、またはまわりの大人から

多くの愛を与えられて育つ。

そして恋をすることで孤独を覚え、それゆえに愛情を育てることができるのだと。

太陽と月のように、陽の光と影のように、孤独と愛情は表裏一体なのだと思う。

続きを読む »

水のなか

A0790_000936_2

水のなかこの身が切れる冷たさも泳いでみればやれ温かい

                                                                                                                                         

                                                                  

わたしの生活はこの数年で大きく変わった。

そこには別れや出逢い、愛しさや憎しみが存在する。

何度もうだめだと思ったことだろう。

何度もうお終いにしようと考えたことだろう。

けれど今こうしてわたしはここにいる。

状況に順応し、環境を受け入れ、適応することで

わたしがわたしらしくいることができる。

人は弱いと思う、またその弱さと同じくらい強い生き物だと

しみじみ思う。

つよくしなやかに、そしてたおやかに生きたいと願ってやまない。

 

 

 

蜜色の眠り

A0001_006590 
 片づける眠りのなかの引き出しにご苦労さまと今日をしまう

                              

                                           

                                          

                                                                                            

眠りにまさる良薬はないと思う。

身体もこころもそのバランスさえも眠りの神さまが見守っている。

今夜、こうしているときやはりわたしと同じように眠れないひとがいる。

わたしはいいのだ。

だって昼間あきるほど昼寝をしたのだから。

だからどうかあのひとを眠りの国へ連れて行って欲しい。

そこでなら苦しみからも解放される、たったひと時でも。

夢をみてください。

明日へつながる夢を。

                                                                  

そろり

A0790_000512

その背中わたしの頬の置き場です 闇にまぎれてそろり抱きしめ

                               

                               

 

                                             

                                                          

だれかに頼られ、だれかに頼り、心の平安を求めながら足掻き苦しむ。

確かなものなどどこにもないのだと思いながら

確かさを欲しがり言葉を欲する夜もある。

けれどその思いはわたしの口からでることはない。

口にしなくても思いは伝わることを知っている。

ただ黙って抱きしめさえすればいい。

                                                                 

                                    

夕暮れ

103

人ごみの足もとだけをみつめて帰る そこにあなたがいやしないかと 

                                      boundaries

仕事を終え帰宅する途中、懐かしさを覚えることがある。

想像するのだ。

玄関をあけるとそこにいるはずの人を。

もういないことはわかっていながら、そんなことを考えるのが

さみしいようなうれしいような複雑な心境になる。

どちらにしても心はあたたかい。

 

半かけ

A0005_000152_3

半かけの昼の月ですあのひとは そこにあるだけそれがしあわせ 

                        

 

存在してくれることのしあわせ。

巡り合ったことのしあわせ。

これ以上なにが必要だろうか。

 

 


 

うわさ

A0001_006524

  土のなか球根たちが噂するむずむずしたら春なんだって

                              

                                                                                                 

クロッカスとチューリップ、すずらんの球根を買った。

ベランダで緑は育てるのだがじつは花が苦手で今まで買うのを

敬遠していた。

賑やかな色とりどりの花がわたしの心持ちと合わないのだ。

ただ今年はもうすぐ3歳になる姪がいっしょにいる。

球根を植え、育て、芽をだし花が咲くのを見せてやりたいと思うようになった。

幼い日に一番はじめになりたかったのが「お花屋さん」だったことを

思いださせてくれたのだ。

今から春が来るのが待ち遠しくてならない。

 

ゆらめいて

 A0001_010375

 秋だから人恋しくて鍋に浮く豆腐のようにゆらいで誘う

                                                                                                                                                                                                                                                                              

 

人混みのなかのいるときにひどく孤独を感じるのはわたしだけではないだろう。

ひとりでいるときはその時間を満喫し、人恋しくなることも孤独を感じることも

あまりない。

きっと他者との比較なのだろう。

人混みの中には仲睦まじい家族や恋人同士など、孤独を感じさせる他者が

多く存在するのだ。

寂しいと思うこと、だれかとともにいたいと思うことが少なくなった。

いつしかわたしは孤独を好むようになったのだと思う。

2013年10月 6日 (日)

迷い猫

A0002_011088 
  手のひらの迷路にはまり迷い猫あの道この道行くか行かぬか

                            

                                      

 

2013年10月 5日 (土)

美しく

 A0001_000798
   一膳の箸のすがたも美しく背筋をのばす五人のしもべ

 

                              photo 写真素材 足成さま

2013年10月 4日 (金)

ぴんとする

 

A0730_000037 
  紙を折り色とりどりに祈ります三角のかどはぴんとして

 

                            photo 写真素材 足成さま

最近の写真

  • Dsc_0724
  • Dsc_0832_5