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手を繋ぐソーダー水に寄り添ってただ一粒の泡となるまで
恋というのはさみしさや孤独を覚えるためにあるのではないかと
最近思うようになった。
ひとを求めるほどにそれらは増す。
さみしさや孤独はひとにとって不可欠だ。
愛情が不可欠なのとおなじくらいに。
生まれてすぐにわたしたちは両親や家族から、またはまわりの大人から
多くの愛を与えられて育つ。
そして恋をすることで孤独を覚え、それゆえに愛情を育てることができるのだと。
太陽と月のように、陽の光と影のように、孤独と愛情は表裏一体なのだと思う。
秋だから人恋しくて鍋に浮く豆腐のようにゆらいで誘う
人混みのなかのいるときにひどく孤独を感じるのはわたしだけではないだろう。
ひとりでいるときはその時間を満喫し、人恋しくなることも孤独を感じることも
あまりない。
きっと他者との比較なのだろう。
人混みの中には仲睦まじい家族や恋人同士など、孤独を感じさせる他者が
多く存在するのだ。
寂しいと思うこと、だれかとともにいたいと思うことが少なくなった。
いつしかわたしは孤独を好むようになったのだと思う。
一膳の箸のすがたも美しく背筋をのばす五人のしもべ
photo 写真素材 足成さま
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